2024/12/28

動物とアーサナ

 


シャーマニズムとアーサナ

ヨーガのアーサナには、犬、猫、亀、ライオン、コブラ…
動物の名がついたものが無数にある。
これは、石器時代からの伝統だ。

特定の動物の姿と動きを真似して、
自己の内に、その力を取り込み、目覚めさせようとする呪術だ。

アフリカのサバンナで、大鹿をひたすら追って仕留めた若い猟師が、
足許に横たわる大鹿の口から出る唾を、
自分の足に一心に塗りつける記録映像を見たことがある。
これと同じ心情だ。

動物たちの能力に、深い敬意を抱いている。
アーサナの動物たちの名は、ここから来ている。








2024/12/10

【お知らせ】年末年始休み・2024年





アーディ・ヨーガ 中野坂上教室

【年末年始休み】
2024年12月29(日)〜2025年1月4日(土)


年内…12月28日(土)まで

年明け…1月5日(日)から










2024/11/07

碧空と白雲

 


碧い空のもと、
白雲が水平に細く長くたなびく。
それを見る私たちの胸の空間も、
はてしない広がりを持つ。

私たちの心は解放され、
その雲に乗って空間に遊ぶ。

「神だけが 遊ぶことができる・・・・・」

たなびく白雲
それは千夜一夜物語の魔法の絨毯だ。

歌の長く伸ばされた同一音程の音も同じ。


 碧空と白雲


 静寂の空間と音


マントラは、この原理に基づいている。






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2024/10/07

水蓮に寄せて





「秘すれば花」 世阿弥

ガクを閉じれば 花弁は開く。
要を閉じれば 扇は開く。
人の身体も仙尾関節を閉じれば 全身が開く。

この自然法則を、
開花した水蓮が無言で語っている。







2024/09/30

柔軟性と支持力




「ヨーガのアーサナ」は柔軟性を育てる。
この解釈では半分だけしか、あらわしていない。
もうひとつ大切なものは支持力。

ヨーガの象徴「蓮華坐」(パドマ・アーサナ)
ゆとりある関節で坐り、
背骨は天と地を結んでくずれない。

両方必要。








2024/09/23

古池や蛙とびこむ水の音




「古池や 蛙とびこむ 水の音」

蛙がとびこむまえの池  無音…

それがとびこむ音と響きわたりながら
虚空に吸収される余韻

音が無音を静寂に変えている






2024/09/16

仙尾関節、舟の舵



仙骨と尾骨つなぎめ、仙尾関節。
身体を動かすときの方向性。
停止時の支持性。
舟でいえば、舵の役目を果たす。








2024/09/09

ヨーガは神の歌




アーサナ

無理なく、ゆっくりつくり、ほどいてゆく。
スローモーション・フィルムを見ているようにやっても、
アーナンダ(よろこび)は感じられないだろう。

動作を起こす、つなげる、維持する、
ほどく、休む…

その中に、緩急、強弱、長短がある。

ヨーガは「バガワットギータ」
神の歌である。









2024/09/02

無音の空間





空間に表現された言葉は呼気に乗っており、その前提に無音の吸気とわずかな停止がある。
弓に矢をつがえて引き、ねらいを定め発射されたものが言葉である。
その後にもわずかな停止がある。
その前提である前後の無音の二つの段階を省略できない。
音を乗せているのも空間だ。







2024/08/30

空間と呼吸




空間がない限り呼吸は存在しない。
息を吸って軽く止めると、周りの気圧と同じになる。
吐いて止っても同じ。
内と外が同じ気圧になる。






2024/08/27

身体と囲り(周り)




身体は身体のみで独立して動くことはできない。
安定した水平で不動の大地や床に力を加えて、
密度のうすい囲り(周り)の空間の中を動いている。
ヨーガも床に油をひいたり、動きを制限する障害物があるとアーサナは成り立たない。
身体は囲り(周り)から自立した存在ではありえない。






2024/08/19

瞑想と禅




瞑想と禅

禅の語源はサンスクリットの Dhiyāna 。
強調される言葉、方法などは異なるがゴールに入れば同じ。
結跏趺坐は、お尻にクッションを敷いた蓮華坐。








2024/08/07

板につく




「板につく」という言葉がある。
アーサナは、いかに効率よく床に力を伝え、その反作用でそれを拾いあげて動くかである。
世界に身体だけが存在していたら何ひとつできない。







2024/08/05

上達の証し

 




頭頂から尾骨の背骨の前に、
糸のようなプラーナと意識のルートが自然に通ってきたら、
ヨーガが少し上達した証し。
そうすると、クンダリニー * の扉が自然に開く。





*クンダリニー(クンダリーニと同義)
サンスクリットの音として「クンダリニー」の方が近い







2024/06/13

アーサナとは





アーサナとは、
基本的には、背骨を伸ばして曲げる方向性で作られている。
前、うしろ、横、ひねる、ひっくり返す、
そして天地をつなぐ。





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2024/06/10

我々のマスターキー




呼吸だけが自律神経支配を受けながら、
自らの意志でパターンを変えることができる。
人の生理現象でこのようなものは他にはない。
我々が手にする唯一のマスターキー。







2024/06/09

ひとふしのうた





はるか いにしえから
ひとふしのうたが聴こえる
それは今ここでも聴こえ
永劫(えいごう)の先までも響く
そのうたを聴く方法こそが
「ヨーガ」と呼ばれる







2024/06/03

同時に働く2つの方向性

 




体を上に持ちあげるときは下に降りる力を意識して行う。
降ろす時は上にあげることを意識して行う。
右にいくときは左への力を、
左にいくときは右への力を意識する。
ひねるときは逆方向も意識して行う。
いつも必ず反対の力が働いていることを感じる。








2024/05/07

本物のグルは果実の種

 




本物のグルはインドでもわずかである。
これは果物にたとえるといいだろう。
本物のグルは種である。
それをとりまく数多くの「しまったちゃん」「こまったちゃん」の行者たちが果肉であり皮である。
種が果実の外にでてはまずい。
それらが中心の種を抱いて守っているのだ。
人には都合のよい種なし果実は自然な姿ではない。


それでは、本物のグルとは、どんなものでしょうか。


ヴェンカタラーマン少年、後のラマナ・マハリシ、16才(一説には17才)の時。
誰の指導もなく「究極のシャヴァ・アーサナ」を体現。
通常こんなことが起こるはずがない。
いくつもの前生で、彼は努力を重ねたのだ。



写真:ラマナ・マハリシ 







2024/04/22

真・善・美





真に伝え難いものを芸術が暗示してくれることがある。
「美」を通しても人は「永遠なるもの」にたどりつく。
究極の存在は「真 善 美」であらわれる。
ひとは生まれつき、このうちのどれかが優勢である。
それを各自で求めていく。






2024/04/19

ヨーガの中に秘そむリズム

 


ハタ・ヨーガは、「瞑想」「プラーナヤーマ(呼吸法)」「アーサナ」の三つの要素でできています。私の教室でも、この三つを必ずセットにしています。どれかひとつを集中しておこなうよりも効率がよく、上達も早くなるからです。

相乗効果が生まれるというよりは、瞑想もプラーナヤーマもアーサナも、やっていることは同じだからです。どれも同じ呼吸のリズムでおこないます。「ヨガ」ではなく「ヨ〜ガ」リズムで。サンスクリットの「 O 」は音を伸ばすことが多いので。

つまりこういうことです。「ヨガ!」と勢いよく息を切るのではなく、「ヨ〜、ガ」と入りは弱く、全体の四分の三あたりに力のピークが来るように、息をなが〜く吐きながらおこなうのです。



書籍『いのちがひらく 原初のヨーガ」(塩澤賢一・著 新泉社) P15より抜粋。







2024/04/15

仙骨と尾骨・動きの中心

 



すべての動こうとする意思は仙骨の下部先端、
尾骨のつなぎ目から始まり、全身に波及する。
そして動きが始まると同時に仙骨先端に力が集まってくる。
扇を開くと要に力が集まるのと同じ。




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2024/04/12

気持ちのよいアーサナ

 



アーサナはゆっくり行われるが、単なるスローモーションではない。
その中に長短、強弱、緩急の変化がある。
特に最初の動きはじめに力を入れ過ぎると、
後半の山場に余力を残すことができず、
気持ちのよいアーサナは生まれない。

生命は、リズムで表現される。






2024/04/08

究極のシャバアーサナ

 



ここでもうひとつ言っておきたいのは、ラマナ・マハリシの「死の体験は、ハタ・ヨーガの技術でいうところの「シャバアーサナ(屍の姿勢)」の完成したものであり、「ケーワラクンバカ(呼吸の自然な停止)」である、ということです。
仰向けで床に横たわるシャバアーサナは、現代のヨガでもリラクゼーションの方法としておこなわれていますが、じつはこれほど奥の深いアーサナもありません。リラックスのあまり、そのまま寝てしまう人も多い姿勢ですが、それでも体のどこかは必ず緊張しているので、それらをすべて抜いていく必要があるのです。
シャバアーサナは高度な瞑想技法であり、全身が完全に弛緩すると、地面から浮く感覚が得られます。「重力からの解放」という表現がぴったりで、深い気づきが訪れるのです。


書籍『いのちが目覚める  原初のヨーガ」(塩澤賢一・著 新泉社) P22〜P23より抜粋。




写真:ラマナ・マハリシ 






2024/04/06

ヨーガの生命観

 



人が「私」という心と身体で成り立っていたら、
ヨーガがこの世に無くても一向に構わない。
人と世界はもう少し精妙。

ヨーガが主張する五つの鞘も、それに包まれた本質も、言葉の表現はいろいろだが、すべて存在している。
ヨーガはそれらに足場を置いたシステムで、近代生理学とは立場が異なっている。

それを、あとは自分で確かめるしかない。







2024/04/03

吸う・吐く・止まる

 


呼吸は吸う吐くに二つで成り立っていない。
吸ったあとの短い停止。
吐いたあとの短い停止。
この四つでできている。

それは心臓が膨張したあと、わずかに停止し、
収縮したあとも、わずかに停止して、
運動しているのと同じだ。

この二つの停止期がないと運動は成り立たない。
ブランコの揺れも二つの停止点の間の往復で成り立っている。








2024/04/01

ハタ・ヨーガ、太陽と月と中央

 


心を鎮めるのがヨーガの瞑想だとしたら、
アーサナ、プラーナヤーマも紛れもなく瞑想である。
意識的な体の動きと、その維持、呼吸の流れに注意を向けると、
通常の思考の動きが、自動的に押さえられる。
頭脳の働き方が自然のうちに変わる。

ハタ・ヨーガは「「力を以て心を制御する」が本来の意味だが、
ハ(太陽)タ(月)のヨーガという説明の方が本質をよりとらえている。
微細な身体を流れる中央、太陽、月。
この三つのルートの開発をもとにしているからだ。
































2024/03/15

体が硬い・柔らかい




私は体が硬いから、ヨーガに向いていない。
そんな方が多くいる。
体がいくら柔らかくても、ヨーガのよろこびはない。

要点は自分の心と体と魂が、
ともに共鳴したその瞬間の歓びである。




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2024/03/11

色即是空 空即是色


色即是空

空即是色

形あるものは、形なきものに支えられている。
形なきものは、形あるものを支えている。

一即多
多即一

ひとつのものが多くの変化したものとして顕れる。
多様に変化したものを支えているのは、
ただひとつの不変のもの。






2024/03/04

アーサナの要点




アーサナの要点


一呼吸一動作


体の動こうとする意思の中心、仙骨先端から力を放射状にひろげて行うが、同時に仙骨先端に力が返ってくる。

扇を開いたとたん要に力が集まるのと同じである。

世阿弥の「秘すれば花」もこれを言ったものと解釈できる。






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2024/02/27

2種類のシャヴァアーサナ




2種類のシャヴァアーサナ
ひとつのアーサナを終えたあとのシャヴァアーサナは、刺激した部位がリラックスし、
血液循環と呼吸が平常に戻ったら次のアーサナに進む。
アーサナは部分的に特殊な刺激が伝わるので、
一旦それを中和してから進める。
レッスン最後のシャヴァアーサナは時間が長くてよい。










2024/02/20

さとりについてシリーズ[インタビュー動画]

ヨーガ瞑想における「さとり」について、インドの覚者ラマナ・マハルシのエピソードなどを交え、インタビューにて、お話ししました。


さとりについてシリーズ 全3回


【呼吸と瞑想】さとりについて(前編) /「原初のヨーガ」塩澤賢一にきく

※こちらのリンクからご覧になれます。


「原初のヨーガ・塩澤賢一にきく」インタビュー・シリーズより

YouTubeチャンネル「呼吸の声」にて

2024/01/24

プラーナの風にのって

 




――プラーナって何ですか?

塩澤 「生きている気」としか言いようがないなあ。生気。それがプラーナ です。 インドの正式な名前はとても素敵で「プラーナヴァーユ」。直訳すると「生命を運ぶ風」という意味です。

――プラーナには、風の感覚があるということですか?

塩澤 あります。ですからハタヨーガというのは、風とともに行くヨーガです。体を流れる風、宇宙を流れる風に乗ります。

――その風が「生命の気」、生気であると。 生命のエネルギーが「風のような感覚」として実感できるようになるのですか?

塩澤 もちろんです!全身に風の渡る感覚が出てきます。その生命の風に乗って、どこまでも行くのがハタヨーガです。(中略)ですから呼吸をどこまでも微細にしていけば、その息で最後まで行けるのです。 呼吸は心の乗り物です。 これがハタヨーガの基本の立ち位置です。





書籍『いのちが目覚める  原初のヨーガ」(塩澤賢一・著 新泉社) P98〜P99より抜粋。





(書、塩澤 賢一)





ヨーガとは自分の本性を識るアートである

 



So ham 「彼は私である」
Ham Sa 「わたしは彼である」

順番が違うだけで同じ。

「かくれんぼ」「鬼ごっこ」は、
生命が誕生した4億5千万年かけた 彼の遊びに他ならない。

彼の名は「純粋意識」またの名を「神」

「かくれんぼ」で言えば、
探すべき相手は、自分の背中に乗っている。

「鬼ごっこ」で言えば、
犬が自分の尾を捕まえようとして追うのと同じで、
永遠に捕まえられない。

「さあ、どうする!」

まずは立ち止まり、静かにして自分の存在を背後のかれに溶け込ませる。
そうすれば、後ろの存在のみが残る。

人の眼は前方見るためについている。

自分の後ろを識る直感の眼を象徴的意味を込めて「第三の目」と呼ぶ。

ヨーガとは自分の背後にある常に控えているものを識るアートである。


塩澤 賢一





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[写真]モヘンジョ=ダーロ、印章

これは動物たちの王、シヴァ神の原型でしょう。
三面に向いていますが後ろにも顔があり、これは四面で東西南北を表していると思います。

塩澤 賢一





ホームページ開設しました




呼吸の風に乗って

自分の懐かしい処へ還る


この度、ホームページを開設しました。
こちらで、色々なものをお知らせしていきます。


制作はスタッフが行なっております。
(吉房 泰子、高山 リョウ)


2024年1月24日  塩澤 賢一



( 書、塩澤 賢一 )